日本の旧国名一覧!47都道府県との対応表と五畿七道を徹底解説
日常の会話や旅行先で見かける「信州」「讃岐」「尾張」といった地名。これらはかつて日本全土を区分していた令制国(旧国名)の名残です。大河ドラマや歴史小説だけでなく、現代でも特産品や駅名、ナンバープレートなどに深く息づいています。
古代の律令制によって定められた五畿七道・全68国は、明治時代の廃藩置県を経て現在の47都道府県へと姿を変えました。しかし、「自分の住んでいる地域が昔は何国だったのか」「なぜ1つの県に複数の旧国名があるのか」を正確に把握している人は意外と多くありません。本稿では、旧国名と現在の都道府県の対応関係から五畿七道の地理的構造、歴史的な境界線の変遷までを徹底的に照合・解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:古代律令制で確立された「五畿七道(68国・島)」が日本の旧国名の基本骨格を形作っている。
- 要点2:現在の47都道府県と旧国名は1対1ではなく、「武蔵=東京・埼玉・神奈川の一部」のように複数地域にまたがるケースが多い。
- 要点3:位置関係のルール(上・下、前・中・後)を把握すれば、日本史の学習や地域文化の理解が一気に深まる。
【五畿七道マップ解説】律令国68国の基本構造と区分ルール
旧国名のベースとなったのは、飛鳥時代から奈良時代にかけて整備された「律令国(令制国)」です。都が置かれた近畿エリアを中心として、全国を行政・軍事・交通の幹線道路網に沿って区分した枠組みを「五畿七道(ごきしちどう)」と呼びます。
五畿とは、大和・山城・摂津・河内・和泉の「畿内5国」を指します。七道は都から放射状に伸びる主要幹線道路と沿道地域(東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道)のことです。平安時代中期に編纂された『延喜式』の段階で、基本となる66国2島(合計68国)の体制が確立しました。
旧国名には一定の命名規則が存在します。都に近い側から順に「前・中・後」(例:越前・越中・越後、備前・備中・備後)と名付けられたり、都への距離や川の上下流に基づいて「上・下」(例:上野・下野、上総・下総)と区切られたりしています。この地理的序列を理解すると、日本地図上の位置関係が直感的に把握できるようになります。
【47都道府県×旧国名対応表】あなたの地元は何国?完全照合一覧
現在の47都道府県と、かつての旧国名の対応関係を五畿七道ごとにまとめました。読み間違いやすい国名にはフリガナを付記しています。
① 畿内(五畿)
| 旧国名(読み) | 現在の主な都道府県・該当エリア |
|---|---|
| 山城(やましろ) | 京都府南部 |
| 大和(やまと) | 奈良県全域 |
| 河内(かわち) | 大阪府東部 |
| 和泉(いずみ) | 大阪府南部 |
| 摂津(せっつ) | 大阪府北部・兵庫県南東部(神戸・阪神間) |
② 東海道
| 旧国名(読み) | 現在の主な都道府県・該当エリア |
|---|---|
| 伊賀(いが) / 伊勢(いせ) / 志摩(しま) | 三重県(伊賀盆地 / 北中部・南部 / 志摩半島) |
| 尾張(おわり) / 三河(みかわ) | 愛知県(西部・名古屋周辺 / 東部) |
| 遠江(とおとうみ) / 駿河(するが) / 伊豆(いず) | 静岡県(西部 / 中東部 / 伊豆半島・伊豆諸島) |
| 甲斐(かい) | 山梨県全域 |
| 相模(さがみ) | 神奈川県(横浜市東部・川崎市を除く大半) |
| 武蔵(むさし) | 東京都、埼玉県、神奈川県東部(横浜・川崎) |
| 安房(あわ) / 上総(かずさ) / 下総(しもうさ) | 千葉県(南部 / 中部 / 北部)、茨城県南西部 |
| 常陸(ひたち) | 茨城県の大部分 |
③ 東山道
| 旧国名(読み) | 現在の主な都道府県・該当エリア |
|---|---|
| 近江(おうみ) | 滋賀県全域 |
| 美濃(みの) / 飛騨(ひだ) | 岐阜県(南部 / 北部) |
| 信濃(しなの) | 長野県全域 |
| 上野(こうずけ) | 群馬県全域 |
| 下野(しもつけ) | 栃木県全域 |
| 陸奥(むつ) | 福島県、宮城県、岩手県、青森県(※明治維新期に分国) |
| 出羽(でわ) | 山形県、秋田県(※明治維新期に羽前・羽後に分国) |
④ 北陸道
| 旧国名(読み) | 現在の主な都道府県・該当エリア |
|---|---|
| 若狭(わかさ) / 越前(えちぜん) | 福井県(嶺南 / 嶺北) |
| 加賀(かが) / 能登(のと) | 石川県(南部 / 北部・能登半島) |
| 越中(えっちゅう) | 富山県全域 |
| 越後(えちご) / 佐渡(さど) | 新潟県(本州部分 / 佐渡島) |
⑤ 山陰道・山陽道(中国地方)
| 旧国名(読み) | 現在の主な都道府県・該当エリア |
|---|---|
| 丹波(たんば) / 丹後(たんご) | 京都府中部・兵庫県東部 / 京都府北部 |
| 但馬(たじま) | 兵庫県北部 |
| 因幡(いなば) / 伯耆(ほうき) | 鳥取県(東部 / 西部) |
| 出雲(いずも) / 石見(いわみ) / 隠岐(おき) | 島根県(東部 / 西部 / 隠岐諸島) |
| 播磨(はりま) | 兵庫県南西部(姫路・明石など) |
| 美作(みまさか) / 備前(びぜん) / 備中(びっちゅう) | 岡山県(北部 / 南東部 / 南西部) |
| 備後(びんご) / 安芸(あき) | 広島県(東部・福山 / 西部・広島市) |
| 周防(すおう) / 長門(ながと) | 山口県(東部 / 西部) |
⑥ 南海道(四国・紀伊・淡路)
| 旧国名(読み) | 現在の主な都道府県・該当エリア |
|---|---|
| 紀伊(きい) | 和歌山県全域、三重県南部の一部 |
| 淡路(あわじ) | 兵庫県淡路島 |
| 阿波(あわ) | 徳島県全域 |
| 讃岐(さぬき) | 香川県全域 |
| 伊予(いよ) | 愛媛県全域 |
| 土佐(とさ) | 高知県全域 |
⑦ 西海道(九州・島嶼)
| 旧国名(読み) | 現在の主な都道府県・該当エリア |
|---|---|
| 筑前(ちくぜん) / 筑後(ちくご) / 豊前(ぶぜん) | 福岡県(北西部・福岡市 / 南部・久留米 / 東部・北九州) |
| 肥前(ひぜん) | 佐賀県全域、長崎県(離島除く本土部分) |
| 肥後(ひご) | 熊本県全域 |
| 豊後(ぶんご) | 大分県全域(※豊前の一部を除く) |
| 日向(ひゅうが) | 宮崎県全域、鹿児島県の一部 |
| 大隅(おおすみ) / 薩摩(さつま) | 鹿児島県(大隅半島・奄美諸島 / 薩摩半島) |
| 壱岐(いき) / 対馬(つしま) | 長崎県壱岐市 / 対馬市 |
| 琉球(りゅうきゅう) | 沖縄県全域(※明治12年の琉球処分により編入) |
| 蝦夷地 / 北海道11国 | 北海道全域(※明治2年に石狩・天塩など11国を設置) |
【境界線の謎】なぜ1つの県に複数の旧国名が存在するのか?廃藩置県の経緯
表を見ると分かる通り、兵庫県には「摂津・丹波・但馬・播磨・淡路」という5つもの旧国名が混在しています。長野県のように1県でほぼ「信濃1国」と一致するケースがある一方で、なぜこのように複雑な境界線が生まれたのでしょうか。
最大の転換点は、明治4年(1871年)に断行された「廃藩置県」とその後の府県統合です。江戸時代末期には約300もの藩が存在しており、明治政府は最初、藩の区画をそのまま「県」に置き換えました。その結果、全国に300以上の小規模な県が乱立することになります。
明治政府は統治効率と税収のバランスを考慮し、大規模な統廃合を重ねました。旧幕府軍に属した地域の勢力を分断する政治的意図や、港湾部と内陸農村部を一体化して経済基盤を強化する狙いから、あえて異なる旧国をまたぐ形で都道府県の境界線を再編した地域が多く存在します。これが、現代の県民性や地域対立(例:福島県の会津・中通り・浜通り、青森県の津軽・南部)の背景にもなっています。
【歴史と地名の由来】現代の市町村や駅名・名産品に残る旧国名の痕跡
廃藩置県から150年以上が経過した現在でも、旧国名は消滅したわけではありません。むしろ日常生活のあらゆる場面で「地域の個性」を表すブランドとして機能しています。
鉄道の駅名には、全国的な同名駅との重複を避けるために旧国名を冠する例が数多くあります。東京都の「武蔵小杉駅(神奈川県)」や「武蔵境駅」、愛知県の「尾張一宮駅」、広島県の「安芸中野駅」などが代表格です。
食品や工芸品の地域ブランドにも色濃く残っています。
- 讃岐うどん(香川県)
- 信州そば・信州味噌(長野県)
- 丹波の黒豆(京都府・兵庫県)
- 近江牛(滋賀県)
- 薩摩芋・薩摩焼(鹿児島県)
- 加賀友禅(石川県)
【日本史・テスト対策】丸暗記不要!旧国名の覚え方と位置関係のコツ
日本史の学習や大学受験、資格試験において、旧国名の配置を覚えることは必須です。しかし、68国を単語カードで丸暗記しようとすると挫折しやすくなります。効率よく頭に入れるための3つの構造ルールを押さえましょう。
① 「前・中・後」と「上・下」の向きを理解する
越前・越中・越後、備前・備中・備後、筑前・筑後などの「前・後」は、すべて京都(都)に近いほうが「前」になります。例外として注意したいのが「上総(かずさ)・下総(しもうさ)」です。地図上では下総が北で上総が南に位置しますが、古代は海路で房総半島南側から入ったため、都からの交通順序として南側が「上総」となりました。
② ペアになる漢字の共通点を探す
旧国名には、もともと1つの広大な地域が2つに分割された歴史を持つものが多数あります。
- 「吉備(きび)」の分割:備前・備中・備後・美作
- 「越(こし)」の分割:越前・越中・越後(のちに能登・加賀も分立)
- 「毛野(けの)」の分割:上野(こうずけ)・下野(しもつけ)
- 「火(ひ)」の分割:肥前・肥後
- 「豊(とよ)」の分割:豊前・豊後
③ 街道ルート順に一筆書きでたどる
東海道なら「伊賀・伊勢から太平洋沿岸を東へ進んで常陸まで」、山陽道なら「播磨から瀬戸内海沿いを西へ進んで長門まで」というように、幹線道路のルートに沿って順番に地図を指でなぞる練習が極めて効果的です。
【旧国名一覧】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:旧国名と現在の都道府県名が完全に一致している地域はありますか?
A1:旧国名と都道府県名が完全に一致している例としては、「大和=奈良県」「土佐=高知県」など境界線がほぼ合致するケースはありますが、名称そのものが旧国名からそのまま県名として残ったのは「京都府(山城国の一部・京都)」や「長崎県(肥前国の一部・長崎)」などの都市名由来が多く、国名がそのまま都道府県名になったケースは極めて少数です。
Q2:北海道や沖縄にも旧国名はあったのですか?
A2:古代の律令制における68国には含まれていませんでした。北海道は明治2年(1869年)に「石狩国」「天塩国」「十勝国」など11国86郡が制定されました。沖縄県は明治12年(1879年)の琉球処分を経て「琉球国」として日本領に編入された経緯があります。
Q3:なぜ「上野」を「こうずけ」、「下野」を「しもつけ」と読むのですか?
A3:もともと群馬・栃木の一帯は「毛野(けの・けぬ)国」と呼ばれていました。これが都に近い「上つ毛野(かみつけの)」と遠い「下つ毛野(しもつけの)」に分かれ、律令制の際に国名を漢字2文字で表記するルール(好字令)によって「上野」「下野」の字が当てられました。読み方だけが古代の「かみつけ(こうずけ)」「しもつけ」として現代に残ったためです。
まとめ:旧国名を知ると日本地図と歴史がもっと立体的に見えてくる
日本の旧国名は、単なる過去の歴史遺産ではありません。全国各地の自然地形、かつての交通網、そして地域ごとに育まれてきた文化圏の輪郭を今に伝える「生きた地理データ」です。
出身地や旅先の旧国名を調べてみるだけで、「なぜこの地域でこの方言が使われているのか」「なぜこの産業が栄えたのか」といった疑問の答えが驚くほど鮮明に見えてきます。歴史の知識としてだけでなく、日本各地の魅力を再発見するツールとして、ぜひこの一覧表を活用してみてください。 (出典: 旧 国名 一覧(Yahoo!ニュース))